弁護士が解説する法律に基づくカスハラ対策
Contents
カスハラの意義と具体例
カスハラとは
いわゆるカスタマーハラスメントのことです。
利用者やその家族からの過度なクレームや悪質な迷惑行為、正当な理由のあるクレームと異なり、根拠のない言いがかり、過度な要求、理不尽な要求、長時間の拘束、罵詈雑言、暴力行為等です。
具体例
以下の言動がカスハラといえます。
精神的暴力
・気に入らない職員に対し、人格など全てを否定するような辛辣な言葉を浴びせる。
・利用料滞納分の支払いを求めると、「大したサービスもしていないくせに、一人前に請求するな」と逆切れ。
・コロナ禍の中で施設の訪問制限が長引いた後、家族が久々に利用者と面会し「施設のせいでこんなに弱ってしまった」等と思い込みクレームをつける。
・「訪問に来るついでに薬局に薬を取りに行ってほしい」と家族から頼まれ、断ると激怒する。
身体的暴力
・職員に対し、ものを投げる、叩く、蹴る、唾を吐く。
セクハラ
・利用者または家族から職員に対する卑猥な言動、性的な誘いかけ、好意的態度の要求等。
外形的には上記の言動が認められるが、カスタマーハラスメントとは言えない場合
・認知症等の病気または障害の症状として現われた言動(BPSD等)。
※BPSD…認知症の行動症状(暴力、暴言、徘徊、拒絶、不潔行為等)・心理症状(抑うつ、不安、幻覚、妄想、睡眠障害等)のこと。
上記の場合、民法上の不法行為や刑法犯として対応することはできず、いわゆるカスハラとはいえません。しかし、利用者等の言動によって職員に身体的・精神的な負担がかかることに変わりはありません。施設としては職員の心身の安全を確保するために対応することが必要です。
介護業界で起こりやすいクレームとその対応法
介護業界で起こりやすいクレームの原因
大きく以下の3つです。
①サービス内容の誤解に基づくクレーム
②サービスレベルに対するクレーム
③介護事故
上記①は契約時にサービスの内容を丁寧に説明する、上記②及び③は、サービスに関する研修や教育を強化することによってある程度防ぐことは可能ですが、クレームが全く発生しないようにすることは困難です。
クレームの多発・激化の影響
クレームが多発・激化すると、次のような悪影響があります。
①職員のモチベーション低下
②職員の過度なストレスとなり、離職、うつ病の原因となる
③安全配慮義違反を理由に、職員から損害賠償請求を受けるリスク
④退職
⑤ブラックな職場との評判(ネット上の書き込み)
クレームの対応を誤ると生産性の低下、退職、採用難等により、人手不足に拍車がかかります。
クレーム対応の必要性
事前の予防と事後の適切な対応が必要です。
事後の対応としては、特に初期対応が重要です。
初期対応を誤れば、利用者やその家族が感情的になり、解決が遠のくだけでなく、カスハラ事案に発展してしまう場合もあります。
クレームに対する初期対応
ミスなどによりクレームが発生した場合には、特に初期対応が重要です。初期対応を誤ることによって、利用者や家族が感情的になってカスハラに及んでしまったり、損害賠償請求されたりしてしまいます。
以下の手順で対応しましょう。
①事実
・組織として情報共有
・何よりも事実確認
・客観的資料(動画等)に基づき、5W1Hを意識して時系列で記録を整理
②誠実
・利用者は「誠意」を求めている
・説明する
・共感する、礼を尽くす(説明・明らかなミスについては謝罪)
③法律・理屈
・介護保険法、運営基準、契約書(重要事項説明書)等に基づき検討
・上記①で認定した事実に基づき、必ず、本部・法務部・顧問弁護士に相談して、法的な見解を確認する
・法令・契約に基づく対応を利用者に回答(安易に対応を回答しない)
・事故であれば保険会社にも報告
クレームとカスハラの区別の方法
正当なクレームはサービス改善のために必要な情報ですが、カスハラについては別の対応が必要です。そこで、正当なクレームとカスハラとの区別の方法を説明します。
具体的な事例
施設に入居していたXさんが、施設内で転倒し骨折したケース
このような事例で、利用者やその家族が転倒事故が発生したことについて苦情を述べる→謝罪を要求する→治療費と怪我したことについての慰謝料の賠償を要求する→土下座を要求する→治療費だけでなく死亡したことにる慰謝料損害賠償請求をする→胸ぐらをつかんで謝罪や土下座を要求する→夜道を歩けなくしてやろうかなどと脅迫しつつ、法的に説明のつかない項目について法外な金銭を要求する
こうした利用者側の言動のどこまでが正当なクレームで、どこからがカスハラでしょうか。
3つの分類
クレームは以下の3つに分類できます。そして、グレー事案とブラック事案は、カスハラと評価できます。
ホワイト事案
・転倒の原因について説明を求める
・施設にミスが認められる場合に、謝罪または治療費と骨折について慰謝料等の損害を賠償を求める
グレー事案
・執拗な謝罪要求
・過大な(法的に争いのある)損害賠償請求
(例えば死亡したことに対する慰謝料)
ブラック事案
・暴行や脅迫による謝罪・損害賠償等の請求
・法的根拠のない過大な金銭請求
カスハラ グレー・ブラック事案の基本対応
ホワイト事案は、通常のクレームです。カスハラと評価できるグレー事案・ブラック事案とは異なります。
グレー事案やブラック事案に対する基本的な対応は次のとおりです。
一番のポイントは、担当者任せにしない、組織的に対応することです。
①相手方の特定、相手方の要求の確認【組織的対応】
②長時間の電話・面談の打切り
③文書での最終回答
④弁護士に対応を一任,警察に相談
⑤契約解除、仮処分申立て、被害届・告訴
カスハラ対策 ケース別対応法
ケース1 大声を上げたり、態度で威嚇されたり、テーブルを叩かれたり… どう対処をしたらいい?
相手が感情的になったり暴力的になると、萎縮したり動揺してしまいがちですが、下記手順で毅然とした対応をとることが重要です。
①注意を促す
「静かにお話ししてください。」、「テーブルを叩くことは止めてください。」、「他の方の迷惑になり、業務の妨害になります。」等
②相手の大声などが続いた場合は、退去命令を発する事前行為としての警告を発する
「大声を出すような方とは、お話しすることはできません。お引き取りください。」、
「このような状態を継続されますと、あなたにこの部屋から退去していただくことになります。」
③それでも相手の大声などが続いている場合には、責任者に連絡し、相手に対して責任者からの退去を言い渡す
④退去命令に従わない場合、警察に連絡し警察の対応に委ねる
ケース2 長時間の交渉を打ち切るタイミングと、その切り出し方はどうしたらいい?
長時間の交渉は業務に支障が出ますし、相手も意地となり落としどころがない状況に陥りやすい傾向にあります。その様な事態を回避するため、下記のような方法で、できる限り短時間で時間を区切ることが大切です。
①最初に面談時間を約束させる。(30分から1時間が限度)
②時間の経過により打ち切る。
③面談時間を約束していない場合でも、30分から1時間が経過し、担当者がこれ以上交渉しても堂々巡りになると判断すれば打ち切り。
④切り出し方は、「これ以上お話しても同じです。」、「お話は伺いましたが、〇〇はできません。」、「何と申されても当方の考えは変わりません。」。同じフレーズを数回繰り返しても差し支えありません。
⑤相手の居座り状態が続いた場合は、退去命令を発する事前行為としての警告を発する。
ケース3 上司との面談を要求してきて、「要件は直接課長に話す」などと言っている場合、どう対処したらいい?
「お前じゃ話しにならない、上の者を出せ!」というのは、このような状況において常套句といっても過言ではないでしょう。慌てる必要はありません、毅然とした態度で下記のように対応しましょう。
①上司への面会要求には応じる必要はない。
「私が担当者です。お話は私が伺います。」、「課長には必要があれば私から報告します。」、「なんとおっしゃっても当方の考えは変わりません。」
②面会要求が執拗な場合は、退去命令を発する事前行為としての警告を発する。
「用件をおっしゃらないのであれば、お引き取りください。」
「このような状態が継続されますと、あなたにこの部屋から退去していただくことになります。」
ケース4 長時間にわたる電話や執拗な電話に対し、どう対処したらいい?
長時間の電話対応や執拗な電話は、業務に支障をきたします。
電話に長時間応じる義務はありません、最初に応対時間を約束させることが重要です。
①会話内容は必ず記録し、必要に応じて録音する。
「内容を正しく上司に伝えるために録音させていただきます。」
②長時間にわたる電話に対しては、「〇〇時から会議がありますので、もう切らせて頂きます。」、「〇〇時から人と会う約束になっていますので、ここで失礼いたします。」など口実を作り切電する。
③執拗な電話に対しては、「前回と同様の話しでしたら、切らせて頂きます。」、「以前からお話は伺っておりますが、〇〇はできませんので、電話を切らせていただきます。」などと言って切電する。
ケース5 こちら側にも落ち度があるような気がするという場合どう対処したらいい?
一方的なクレームではなく、こちら側にもミスがある場合、へりくだる必要はありませんが、慎重かつ丁寧な対応が求められます。
①相手方が主張する内容について事実関係を調査し、安易に結論を出さない。
「事実関係については調査いたします。」。「言われる内容について調査します。」
②ミスが事実である場合は、法令等に基づいた適正な手続で解決を図る。
「その件については、法令等に基づき適正に対処させて頂きます。」
③ミスを口実の不当要求には応じない。
「ご指摘の件と要求とは別問題であり、要求には応じることはできません。」
カスハラ グレー・ブラック事案の対応法
グレー・ブラック事案の対応
・担当者は、自分のミスに責任を感じ,相手方の要求を呑むことで事を丸く収めようとする場合があります。
・質的・量的な過大な要求(不当要求行為者)については組織として対応する必要があります。
そうすると、不当要求行為者の見極めが重要です。
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カスハラ対策 グレー・ブラック事案該当性チェックリスト
(ダウンロード申込みリンク)
犯罪が成立するカスハラ ブラック事案の具体例
カスハラ事案では刑法上の犯罪が成立するケースが少なくありません。そのような場合には、110番通報するなど、毅然として対応をしましょう。
【ブラック事案の判断におけるポイント】
■どのような行為について犯罪が成立するかイメージを掴む
■犯罪が成立しそうな不当要求行為
■直ちに、記録を取り、警察・弁護士に相談
暴行
殴る、蹴る、腕をねじ、頭髪や衣服をつかんで引きずり回したり、身体を激しく突き又は押し倒す。
刑法 第130条
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
解説
・ 「暴行」とは、人の身体に対して不法な有形力を行使することをいいます。抽象的でわかりにくいですね。少し噛み砕いて説明します。
・ 身体に接触しない場合でも成立します。例えば、包丁を振り回す行為です。
・ 軽微な「攻撃」でも状況によっては暴行となります。
例えば、つばを吐く行為、耳元で大太鼓、鐘を連打する行為、拡声器で大声を発する行為です。
・ 暴行により身体を毀損すれば傷害罪となります。
例えば、嫌がらせ電話を繰り返してノイローゼさせる行為です。
脅迫
「殺してやる、命はないものと思え、家に火をつけてやる等と告げる」
刑法 第222条
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
解説
・他人(相手方本人又は親族)の生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えることを告知して脅かすこと。 例)村八分の通知
・方法は言語、文書のいずれでもよく、明示的、暗示的を問いません。
黙って凶器を示すなどの行為も告知に当たります。
・電話、郵便、事情を知らない 第三者の利用、ビラの頒布、公開の場所における掲示等も脅迫の手段に含まれます。
・ 脅迫罪に当たるか単なる「いやがらせ」にとどまるかは、害悪の告知内容を客観的情勢及び社会的常識に照らして判断することになります。
少なくとも、他人の言動で怖ろしいと感じるようなケースでは脅迫罪が成立する可能性がありますので、弁護士や警察に相談しましょう。
強要
暴行や脅迫をもって、書面にしろ、謝罪しろ、辞職しろ(させろ)、 告訴を取り下げろ 等と要求する
刑法 第223条
生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
解説
・他人(相手方本人又は親族)の生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えることを告知して脅迫し、又は暴行を用いて人に義務のないことを行わせ、又は権利を妨害することをいいます。
例:土下座させるなど
・強要の手段としての脅迫、暴行と他人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したことの間に因果関係が必要です。
・ 文言の内容によっては、質問状をナイフと一緒に同封して郵送した行為等も強要罪に該当します。
窃盗
職員が目を離した隙に、カウンター上に置かれた書類を持ち去る
刑法 第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万 円以下の罰金に処する。
解説
・窃盗を法律的に説明すると、不法領得の意思をもって、占有者の意思に反し、その占有を侵害して財物を自己又は第三者の占有に移すことになります。
・この場合の財物とは、所有権の目的となり得るすべてのものをいい、金銭的価値がなくても構いません。
・他人の作成した郵便物、無効になった借用書、使用済みの収入印紙、書類なども財物に当たります。したがって、施設の文書を勝手に持ち出せば、窃盗罪が成立します。
建造物侵入・不退去
刑法130条
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
解説
・正当な理由なく人の看守する建造物に侵入すること。
官公署の出入り口や廊下等が、その執務中一般に開放されている場合であっても、庁舎を管理する者の看守内であり、不法な目的で立ち入れば建造物侵入罪を構成します。部外者が立ち入ることができないエリアに、利用者やその家族が勝手に立ち入れば、建造物侵入が成立する可能性があります。
・適法又は過失により立ち入ったが、退去の要求を受けたのに正当な理由なく退去しないこと。
退去要求を受けて、すぐに犯罪が成立するわけではありません。
退去するために必要な合理的な時間を超えて、滞留を続けることが必要です。
・ 不退去は、意思の強固さ、態様、法益侵害の重大性等から、社会的相当性の範囲を逸脱したものと認められることが必要です。
したがって、まず、施設長など権限がある方が退去を求めることが前提となります。それでも退去しない場合には、不退去罪で警察に通報するなどと警告し、それでも退去しない場合に実際に通報するなど、一定の段取りを踏む必要があります。しかし、施設に居座って退去しないような相手には不退去罪での通報を視野に入れて対応すべきです。
当事務所でサポートできること
これまで説明したとおり、カスハラについては、初期の適切な対応、組織的な対応が重要です。
したがって、初期対応についてルールを定めたり、研修を実施することが必要です。
事件・事故が発生した場合には、その後の具体的な対応を組織内で共有するだけでなく、早期に顧問弁護士に相談しましょう。顧問弁護士がいないという施設の方は、お気軽に当事務所にご相談ください。カスハラの予防策と事後対応を助言・サポートさせて頂きます